【写真日記】第2回 中央区玉造、上町、森之宮 

■散策地■
中央区−玉造、上町、森之宮周辺

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玉造出身の著名人の顕彰碑です。さて、誰でしょう?


下の地図の赤線で囲った範囲を見てきました。


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スタート!(地図1)

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坂を少し上ると、玉造稲荷神社(地図2)がすぐに見えてきた。

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神社の階段を上っていくと、「玉造黒門越瓜」の碑があった。江戸時代の名物だったとのこと

境内に入ると、何やら古代の倉庫みたいなのを発見。「難波・玉造資料館」という建物らしい。看板には地名「玉造」の由来が記してあった。玉作部の居住地で、朝鮮半島との勾玉の交流地だったらしい。

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引き続き境内。千利休の顕彰費。千利休関連の碑っていろんなところにありますね。右は豊臣秀頼の奉納鳥居。えらく低いのは、阪神大震災で基礎で基礎が壊れ、撤去したから

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昭和の漫才作家、秋田実の「笑魂碑」。近世以来、この付近では上方の芸人が多く居住していた。秋田実もその一人で、特に彼はここで生まれたらしい。玉造出身のもうひとりの有名人と言えば、阪神の岡田監督です。ちなみに

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おっと、こっちが正面の入り口だったようだ。立派な鳥居です

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玉造稲荷を抜けてさらに西へ。星城学園のすぐ隣にあるのが「聖マリア大聖堂」。カトリック大阪大司教館です。とても立派な建物で、見とれてしまいます、

そのすぐ西隣には、市営法円坂住宅と、府営寺山住宅がある。非常に大規模な団地です。市営住宅の歴史なんかもおもしろいんですが、それはまた、別の機会に

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さらにずっと西に歩くと、上町筋(中央区の京阪東口交叉点から天王寺区の南河堀交叉点まで)に出る。上町交差点のすぐ南には、「大槻能楽堂」がある

交差点北西には、「兵部大輔大村益次郎殉難報国之碑」(地図3)がある。昭和15年に建てられたこの碑は、大きさに驚くだろう。下の「賛助者氏名」にもそうそうたるメンバーが並ぶ

超有名どころでは、林銑十郎、東条英機、坂間棟治、松岡洋右、松下幸之助、小林一三、寺内寿一などがいた

ちなみに、この碑の裏には社会保険事務局があります。がんばって仕事してください

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上町筋を西に越えると見えてくるのが、「銅座公園」いたって普通の公園なんだが、一部、昔の街並みを保存して商売をされています。雰囲気があっていい感じ。

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さて、北に上って中央大通に出て、東に進むと、「難波宮」(地図4)に到着です。特にこれといって何にもないんだが、荒涼とした草原に建つ簡素な基礎建物が、かえって古代を感じさせる。われ、幻の大極殿を見たり−

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さらに東に進むと、公共の施設がたくさんあります。中央青年センター、青少年会館文化ホール、府立労働会館など。

その途中、阪神高速東大阪線法円坂入口に通じる道を南に下ると、「越中井」がある。細川忠興の邸宅にあった井戸の跡らしく、かのガラシャ婦人の悲劇が記されている

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森之宮ピロティホール。戦前の大日本帝国陸軍第4師団軍楽隊を前身とする、大阪市音楽団の拠点。日本で唯一の地方自治体が持つ音楽団である

右は日生球場跡地。かつて近鉄バッファローズの本拠地であった

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鵲森宮(かささぎもりのみや)ちっちゃい神社ですが、歴史はある

次回は、これより南、天王寺区の空堀、清水谷あたりを散策したいと思います


[ 2007/06/15 14:48 ] 日記 趣味系 | TB(0) | CM(0)

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